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仙台にこんな場所が!? 四ツ谷用水とへくり沢「暗渠の立体交差」を歩いてみよう

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「仙台にも、地面の下を流れる昔の水路があるの?」

「四ツ谷用水って聞いたことはあるけど、どこを通っていたの?」

「へくり沢との立体交差って……どゆこと!?Σ(゚Д゚)」

 

そんなふうに気になっている方も多いのではないでしょうか。

仙台の街をゆ〜っくり歩いていると、

何気ない道路や細い道、
橋の親柱なんかに、

「あれ?ここ、昔なにかあったのかな?」

と思わせる痕跡が残っていることがあるんです(´艸`*)✨

 

その代表ともいえる存在が、

伊達政宗の命で造られたと伝わる
四ツ谷用水(よつやようすい)です。

今では多くの区間が地面の下に隠れているんですが、

だからこそ、

「この道の下に、昔は水が流れてたのかも……!」

なんて想像しながら歩くのが楽しいんですよぉ〜♪

 

 

しかも!

自然の沢であるへくり沢と、
人工の用水路である四ツ谷用水が交差する場所まであるんです。

水路と沢が交差ってどういうこと!?

気になりますよねぇぇ( *´艸`)

 

この記事では、

四ツ谷用水の歴史やルート、
暗渠として楽しめるスポット、
そしてへくり沢との関係まで、

初めての方にもわかりやすくご紹介していきます♪

 

先に結論

四ツ谷用水は、広瀬川から水を取り入れ、仙台城下の暮らしや防火、産業を支えた大切な用水路です。

現在は大部分が暗渠化されていますが、大崎八幡宮周辺、八幡の洗い場跡、支倉堀跡などには、その面影をたどれる場所が残っていますよ〜!

 

 

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  1. 四ツ谷用水とは?仙台の街を支えた歴史ある用水路
    1. 広瀬川から仙台城下へ水を引いた水路
    2. 暮らし・火災対策・産業を支えた大切な水
  2. 四ツ谷用水は現在どうなっている?暗渠になった理由
    1. 暗渠とは?見えない水路を楽しむ散歩のこと
    2. なぜ四ツ谷用水は暗渠化されたの?
    3. 今も水が見える場所と、見えない場所がある
  3. 四ツ谷用水のルートを上流からたどってみよう
    1. 郷六の四ツ谷堰|広瀬川から水を取り入れる始まりの場所
    2. 大崎八幡宮周辺|太鼓橋の下に残る用水跡
    3. 八幡・土橋通周辺|洗い場跡と立体交差に注目
    4. 北六番丁から上杉・福沢町方面|街なかへ続く水路の記憶
  4. へくり沢とは?四ツ谷用水との珍しい立体交差
    1. 人工の用水路と自然の沢が交差する場所
    2. へくり沢の跡は歩ける?
  5. 四ツ谷用水のルートが曲がりくねっている理由
    1. 河岸段丘の地形を利用して水を流した
    2. 暗渠散歩で地形まで楽しめる
  6. 四ツ谷用水で見つけたい遺構と見どころ
    1. 洗い場跡|生活の水辺を感じられる場所
    2. 大崎八幡宮の太鼓橋|水路と信仰が近かった場所
    3. 支倉堀跡・上杉山橋跡|市街地に残る小さな手がかり
    4. 宝蔵院橋の放流口|梅田川へ向かう終点側の風景
  7. 四ツ谷用水が今も注目される理由
  8. 初心者向け|四ツ谷用水・へくり沢の歩き方
    1. 公式デジタルマップを活用しよう
    2. 散歩を楽しむための注意点
  9. 仙台・四ツ谷用水の暗渠についてよくある質問
    1. 四ツ谷用水は今も水が流れていますか?
    2. 四ツ谷用水の水はどこから来ていたのですか?
    3. 四ツ谷用水を造ったのは誰ですか?
    4. 四ツ谷用水はなぜ暗渠になったのですか?
    5. 四ツ谷用水の跡は自由に歩けますか?
    6. 仙台駅の近くにも四ツ谷用水の跡はありますか?
    7. へくり沢とは何ですか?
    8. 四ツ谷用水はブラタモリで紹介されましたか?
  10. まとめ|四ツ谷用水を歩けば仙台の歴史と地形が見えてくる
  11. 参考資料

四ツ谷用水とは?仙台の街を支えた歴史ある用水路

 

四ツ谷用水は、

仙台の城下町づくりと、と〜っても深く結びついた人工の水路です。

慶長6年(1601年)。

伊達政宗が仙台に城下町を築き始めたころ、
広瀬川の水を町へ運ぶために造られたとされています。

 

仙台市の資料では、

政宗が家臣の川村孫兵衛重吉に命じ、
広瀬川上流の郷六に堰を設けて水を取り入れたと説明されています。

 

でもね、

「広瀬川が近くにあるなら、そのまま水を引けばいいんじゃないの?」

って思いません?(´・ω・`)

 

ところが、そう簡単ではなかったんです。

当時の仙台城下は、
広瀬川が近くにあっても高い崖や段差があり、

川の水をそのまま町へ引くのが難しい地形でした。

 

そこで、

山や沢を越えながら、
水が自然に流れていくよう工夫して造られたのが四ツ谷用水なんです♪

 

項目内容
水の取り入れ口 広瀬川・郷六の四ツ谷堰周辺
主な流れ 八幡町から市街地を通り、梅田川方面へ
造られた時期 仙台城下町づくりが始まった慶長6年(1601年)ごろ
主な役割 生活用水、防火用水、散水、農業・産業用水など
現在の姿 本流の一部は工業用水として利用され、多くの区間は暗渠化・埋設

 

広瀬川から仙台城下へ水を引いた水路

 

四ツ谷用水の本流は、

広瀬川から取水した水を八幡町へ導き、
北六番丁などを通って梅田川へ注いでいました。

 

さらに途中からは、
支流や枝流がどんどん分かれて、

城下町のあちこちへ水が届けられていたそうです。

 

そして驚きなのが、その長さ!

本流・支流・枝流を合わせた総延長は、

およそ44km!

ともいわれていますΣ(゚Д゚)

いやいや、かなり大規模ですよねぇぇ……!

 

今の感覚でいうと、

四ツ谷用水は
「町全体へ水を届けるための大きなインフラ」

みたいな存在だったんです。

水道がまだ整っていない時代。

人々の毎日の暮らしに欠かせない役目を果たしていたんですね〜。

 

暮らし・火災対策・産業を支えた大切な水

 

四ツ谷用水の水は、

洗濯や炊事まわりなどの生活用水として使われただけではありません。

 

火事が起きたときに備える防火用水

道路に水をまく散水

水車を動かすための動力

さらに、
染め物などの産業用水としても活用されていました。

地下水を補い、
井戸水を支える役割もあったとされています。

 

つまり、

「水路があると便利だった」

というレベルじゃないんですよね。

暮らしそのものを支えていた、大切な存在だったんです。

 

水路のそばで暮らす人たちにとっては、

四ツ谷用水は特別な観光スポットなんかじゃなく、

「いつもの生活のすぐそばにある水」

だったんでしょうねぇ(*´ω`*)

 

 

四ツ谷用水は現在どうなっている?暗渠になった理由

 

「昔の水路なら、今も水が見えるのかな?」

って思いますよね。

 

ところが!

四ツ谷用水の多くは現在、
地面の下や道路の下にあります。

 

こうして地下に埋められたり、
ふたをかけられたりして、

水面が見えなくなった水路を

暗渠(あんきょ)

といいます。

 

暗渠とは?見えない水路を楽しむ散歩のこと

 

暗渠散歩って、

水そのものを眺めながら歩く散歩ではないんです。

 

道路の形。

周囲より少し低い土地。

橋の跡。

古い欄干。

細〜く曲がった道。

 

そんな街の小さなサインを見ながら、

「ここには昔、水が流れてたのかも……!」

と想像して楽しむ散歩なんです(´艸`*)♪

 

一見すると、
ただの普通の住宅地や道路。

でも、

昔の地図や地形と重ねて見てみると、

「あれ、この道……水路だったからこんな形なの!?」

なんて発見が出てきたりするんですよぉ〜!

 

街の見え方がちょっと変わってくるのが、
暗渠散歩の面白いところです。

 

なぜ四ツ谷用水は暗渠化されたの?

 

明治以降、

上下水道が整備されるにつれて、

生活用水としての四ツ谷用水の役割は、
少しずつ小さくなっていきました。

 

さらに、

道路の改修や拡張、
水質の悪化への対応なども進み、

水路は暗渠化・埋め立てられていきます。

昭和に入ると車も増え、

水路にふたをして、
その上を道路として使う場所も増えていきました。

 

便利で衛生的な暮らしへ変わっていく中で、

水面そのものは見えなくなってしまったんですね。

 

でも!

用水路の痕跡まで全部なくなったわけではありません。

街の地形や、
道路の形の中には、

今もしっかり水路の記憶が残っているんです♪

 

今も水が見える場所と、見えない場所がある

 

四ツ谷堰のある郷六周辺では、

広瀬川から工業用水を取り入れる様子や、
開口部を見られる場所があります。

 

一方で、

大崎八幡宮の太鼓橋の下は、
四ツ谷用水の跡として知られているものの、

現在は水が流れていません。

 

ここ、ちょっと大事ですっ(`・ω・´)!

「水が見える場所」と「水路の跡を感じられる場所」は同じではない

んですね。

 

なので、

「水路を見に行ったのに、水ないじゃん!」

となる前に、
出かける場所を確認しておくと安心ですよ〜♪

 

現在の本流は、
宮城県の工業用水道として利用されています。

もちろん、

施設や水路の内部に入ることはできません。

公開されている場所や公道から、
無理のない範囲で楽しんでくださいね(*´꒳`*)

 

 

四ツ谷用水のルートを上流からたどってみよう

 

四ツ谷用水、

せっかくなら最初から最後まで歩いてみたい!

……と思うかもしれませんが、

全ルートを一度に追うのは、
初めての方にはちょっぴり大変です(´;ω;`)

 

暗渠になっている場所もあれば、

私有地や、
立ち入りできない場所もあります。

なので、

「水路の真上をず〜っと歩いていく」

という歩き方はできません。

 

まずは公式のデジタルマップを見ながら、

見どころが集まっている八幡エリアを中心に歩いてみるのがおすすめですよ♪

 

郷六の四ツ谷堰|広瀬川から水を取り入れる始まりの場所

 

四ツ谷用水の出発点として知られているのが、

青葉区郷六の四ツ谷堰です。

 

ここでは、

広瀬川から水を取り入れ、
現在は仙塩工業用水として送る仕組みにつながっています。

 

つまり、

四ツ谷用水の歴史をたどるなら、
ここが「始まりの場所」なんですね。

歴史上の四ツ谷用水を知るうえでは、
とっても大切な場所です。

 

ただし!

市街地の散策スポットからは少し離れています。

なので、

「まずは水路の歴史の始まりから見たい!」

という方は郷六から。

「暗渠っぽい景色を楽しみたい〜!」

という方は、
大崎八幡宮周辺から。

そんなふうに目的に合わせてスタート地点を決めると、
歩きやすいですよ♪

 

大崎八幡宮周辺|太鼓橋の下に残る用水跡

 

大崎八幡宮の境内にある太鼓橋。

その下には、

四ツ谷用水の本流跡があります。

現在は水面が見える場所ではありません。

 

でも、

「この神社のすぐ下を、城下町へ水を運ぶ水路が通っていたんだ……!」

と知ってから眺めると、

景色がちょっと違って見えてくるんですよねぇ(´艸`*)

いつもの参拝とは、
また別の楽しみ方ができます。

 

大崎八幡宮は、
建物そのものにも見どころが多いので、

暗渠散歩が初めての方でも立ち寄りやすい場所です。

ただし境内では、

参拝している方の邪魔にならないよう、
静かに見学してくださいね♪

 

八幡・土橋通周辺|洗い場跡と立体交差に注目

 

八幡2丁目の春日神社から土橋通にかけては、

四ツ谷用水が人々の暮らしにと〜っても近かったことを感じやすいエリアです。

 

中でも注目したいのが、

洗い場跡!

ここには、

水辺へ下りるための階段状の石組みが残されています。

 

かつてここでは、

食器や野菜を洗ったり、

障子を張り替えたときに使った桟の糊を洗い流したりしていた、

という話も伝わっています。

 

なんかさぁ、

こういう話を聞くと、

急に昔の人の暮らしが身近に感じません?(*´ω`*)

 

派手な観光名所ではないんです。

でも、

こうした小さな遺構から

「あ、本当にここで毎日の生活が営まれていたんだ」

と感じられる。

そこが暗渠散歩の魅力なんですよぉ〜♪

 

北六番丁から上杉・福沢町方面|街なかへ続く水路の記憶

 

四ツ谷用水の本流は、

八幡から北六番丁を東へ進み、

宮町を経て梅田川へ注いでいました。

 

現在は、

道路や市街地の中にすっかり溶け込んでいる区間が多く、

「あ!ここが水路!」

と目で追うのは簡単ではありません。

 

でも大丈夫♪

支倉堀跡や上杉山橋跡、
福沢町の放流口
など、

当時の姿を想像できるポイントは点在しています。

 

「でも、どこを見ればいいの〜!?(´;ω;`)」

というときは、

道路の不自然な曲がり方。

斜めに延びる細い道。

そして、

橋の名前が残っている場所。

そんなところに注目してみてください。

 

「もしかして……?」

と思ったら、

あとで公式デジタルマップで答え合わせ♪

この歩き方も楽しいですよ〜!

 

 

へくり沢とは?四ツ谷用水との珍しい立体交差

 

四ツ谷用水を語るなら、

ぜひ知っておきたい存在があります。

それが、

へくり沢です!

 

へくり沢は、

東北福祉大駅近くを源流とし、

国見町や八幡町を通って、

澱橋の少し下流で広瀬川に合流していた自然の沢です。

短い沢ではあるものの、

下流には深い谷を刻んでいました。

 

人工の用水路と自然の沢が交差する場所

 

ここが面白いんですよぉぉ(´艸`*)!

 

四ツ谷用水は、

人の手で造られた人工の水路

一方のへくり沢は、

もともと地形の中に生まれた自然の沢です。

 

そんな性格のまったく違う二つの水の流れが、

八幡周辺で交差していたんです。

 

しかも!

現在はどちらも暗渠化されているため、

地上から見ても、

「はい!ここで交差してます!」

とは、なかなかわかりません。

 

ところが地下では、

上下に交わる

「暗渠の立体交差」

として知られています。

暗渠どうしが立体交差!?

なかなか聞かないですよねぇぇΣ(゚Д゚)

 

地形を見ながら歩いてみると、

高さをできるだけ保ちながら人工的に流れていた四ツ谷用水と、

谷へ向かって自然に下っていくへくり沢。

二つの違いが、
少しずつ見えてきますよ♪

 

へくり沢の跡は歩ける?

 

へくり沢の流路は、

昭和40年代までに暗渠化されました。

上流では、

「あか道」と呼ばれる歩行者専用道路になっている場所があります。

中・下流では、

住宅地の道路としてたどれる場所もあります。

 

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ただし!

すべての区間が、
のんび〜り散策できる道とは限りません。

 

行き止まり。

階段。

車が通る細い道。

そんな場所もあるので、

地図を見ながら無理のない範囲で歩きましょう♪

 

石切橋周辺では、

橋の名残だけでなく、
谷の地形にもぜひ注目してみてください。

かつて沢が町を分けていた様子を、
想像しやすくなります。

 

そして、

橋だけを見て終わるんじゃなくて、

「そもそも、なんでここに橋が必要だったのかな?」

と考えてみる。

これだけで、
街歩きがぐ〜っと面白くなりますよぉ(*´꒳`*)

 

 

四ツ谷用水のルートが曲がりくねっている理由

 

地図で四ツ谷用水の流れを見ると、

「あれ?けっこうクネクネしてる……」

って気づくと思います。

まっすぐ市街地へ向かわず、

ゆるやか〜に曲がりながら進んでいるんですね。

 

でもこれ、

当時の人たちが適当に水路を造ったからではありません。

むしろ逆!

 

仙台の地形をうま〜く利用して、

水が自然に流れるよう工夫した結果なんです♪

 

河岸段丘の地形を利用して水を流した

 

仙台の市街地には、

広瀬川の流れによってできた河岸段丘があります。

河岸段丘というのは、

川が長〜い時間をかけてつくった、
段差のある地形のこと。

 

なので、

広瀬川のすぐ近くに町があったとしても、

川と町の間には高低差があります。

つまり、

「川がそこにあるから、横へ水路を掘ればOK!」

とはいかないんです(´・ω・`)

 

そこで四ツ谷用水は、

等高線に沿うように、できるだけ高さを保ちながら流れるルート

を選びました。

だからこそ、

地図で見ると、
あの独特な曲がりくねった流れになっているんですね♪

 

暗渠散歩で地形まで楽しめる

 

暗渠散歩の面白さって、

昔の水路だけじゃないんですよぉ〜!

 

歩いていると、

「この道、なんで斜めに伸びてるんだろ?」

「ここだけ急に下り坂なのは、沢があったから?」

なんて、

今まで気にもしなかった街の形が気になり始めます。

 

そうした小さな気づきから、

仙台の地形そのものが見えてくるんです♪

へくり沢の谷を歩いてみると、

一見平らに見える市街地にも、

「え、こんなに高低差あったの!?」

と驚くかもしれませんよ〜!

 

 

四ツ谷用水で見つけたい遺構と見どころ

 

四ツ谷用水は、

今では水路全体をドーン!と見渡せるわけではありません。

でも、

いくつかの遺構や地名、
そして道の形が、

昔の水の流れを静か〜に伝えてくれています。

 

洗い場跡|生活の水辺を感じられる場所

 

洗い場跡は、

四ツ谷用水が人々の暮らしに寄り添っていたことを感じられる場所です。

案内板と石組みを見ながら、

「ここまで水をくみに下りたのかなぁ」

「毎日ここで洗い物してたのかなぁ」

なんて想像してみてください(*´ω`*)

 

目立つ場所ではありません。

だからこそ、

城下町に暮らしていた人たちの
「特別じゃない日常」が見えてくるような感じがするんです。

 

大崎八幡宮の太鼓橋|水路と信仰が近かった場所

 

太鼓橋の下に残る用水跡は、

神社と水路がとても近い距離にあったことを教えてくれます。

大崎八幡宮を訪れたら、

立派な建物や参道だけでなく、

ぜひ足元の地形や、
橋の下にも目を向けてみてください♪

 

町へ水を届けていたルートが、

境内のすぐ近くを通っていたことに気づけますよ〜!

 

支倉堀跡・上杉山橋跡|市街地に残る小さな手がかり

 

支倉堀跡や上杉山橋跡は、

四ツ谷用水が市街地に張り巡らされていたことを伝えるポイントです。

ここでヒントになるのが、

「橋」という名前。

 

親柱や標柱などが残っていると、

「昔、この下か近くに水が流れてたんだなぁ」

と想像しやすくなります。

 

ただし、

見学できる範囲や周辺の通行状況は、
変わることがあります。

現地では案内表示と地図を確認しながら楽しんでくださいね♪

 

宝蔵院橋の放流口|梅田川へ向かう終点側の風景

 

福沢町の宝蔵院橋付近には、

四ツ谷用水が梅田川へ放流される場所があります。

ここまで来ると、

広瀬川から始まった水の流れが、
梅田川へ向かっていく様子をイメージしやすくなります。

 

用水路の始まりである広瀬川

そして、
終わりに近い梅田川

両方を意識して歩いてみると、

「仙台の町を横切る、長〜い水の道」

が、より立体的に見えてきますよ♪

 

 

四ツ谷用水が今も注目される理由

 

四ツ谷用水って、

「昔あった水路でしょ?」

だけではないんです。

 

広瀬川の地形を生かし、

自然に水を流しながら地下水も補い、

城下町の暮らしを支えた仕組みとして評価されています。

 

そして2016年度には、

その歴史的・土木技術的な価値から、

土木学会選奨土木遺産

に認定されました。

 

さらに、

テレビ番組「ブラタモリ」で、

仙台の地形や四ツ谷用水が取り上げられたことをきっかけに、

「暗渠って面白いかも!」

「街の地形を歩いてみたい!」

と思った方もいるかもしれませんね♪

 

大切なのは、

ただ

「昔ここに水路がありました」

と知るだけではありません。

なぜ、そこに水路が必要だったのか。

そこまで考えてみること。

 

水。

地形。

町づくり。

そして人々の暮らし。

全部がつながっていたとわかると、

仙台の街を歩く時間が、
もっと印象深いものになりますよ〜(*´꒳`*)

 

 

初心者向け|四ツ谷用水・へくり沢の歩き方

 

初めて暗渠散歩をするなら、

「よーし!今日は全ルート制覇するぞ〜!」

なんて頑張らなくて大丈夫です( *´艸`)

 

まずは、

見どころがまとまった場所を一つ選んで、

地図と現地の案内板を見ながら
ゆっく〜り歩いてみましょう♪

 

こんな方におすすめ歩き方の目安
短時間で雰囲気を味わいたい方 大崎八幡宮と周辺の用水跡を中心に歩く
暮らしの痕跡を見たい方 八幡・春日神社周辺、洗い場跡、土橋通を巡る
地形や立体交差に興味がある方 四ツ谷用水とへくり沢が近づく八幡周辺を地図と一緒に歩く
歴史をじっくり追いたい方 仙台市のデジタルマップで遺構・展示施設・散策ルートを確認する

 

公式デジタルマップを活用しよう

 

仙台市は、

見どころや遺構、
昔の写真・絵図、
散策ルートなどをまとめた

「四ツ谷用水再発見!デジタルマップ」

を公開しています。

これ、暗渠散歩ではかなり心強いですっ(`・ω・´)✨

 

地図には、

「見どころ」

「遺構」

などのほか、

「入れない・見られない」場所を判断するための情報もあります。

 

暗渠って、

地上から見ても

「ここです!」

とわかりにくい場所が多いんですよねぇ。

なので、

出発前に一度チェックしておくと、
かなり迷いにくくなりますよ♪

 

散歩を楽しむための注意点

 

暗渠散歩って、

見えない水路を探していると、
ついつい夢中になっちゃうんですよねぇぇ(´艸`*)

 

でも!

周りへの配慮は忘れずに楽しみましょう。

  • 私有地や立入禁止の場所には入らない
  • 神社・お寺・住宅地では、写真撮影や立ち止まり方に配慮する
  • 細い道や坂道では、車や自転車に注意する
  • 雨の日や雨上がりは、滑りやすい場所・側溝に気をつける
  • 工事や通行状況、公開情報は出発前に確認する

 

歩きやすい靴と飲み物があれば十分ですが、

スマホの充電も忘れずに♪

地図を見ながら、

「あ、ここ気になる!」

と思った場所で、
のんびり立ち止まってみてくださいね(*´꒳`*)

 

 

仙台・四ツ谷用水の暗渠についてよくある質問

 

四ツ谷用水は今も水が流れていますか?

 

はい。

現在も広瀬川の四ツ谷堰から取り入れた水は、
工業用水として利用されています。

 

ただし!

歴史的な用水路として、
地上で水を見られる区間は限られています。

 

大崎八幡宮の太鼓橋下は用水跡ですが、

現在は水が流れていません。

「四ツ谷用水を見に行けば、水路が見える!」

とは限らないので、
ここは覚えておいてくださいね〜♪

 

四ツ谷用水の水はどこから来ていたのですか?

 

広瀬川の上流側、

郷六に設けられた四ツ谷堰から水を取り入れていました。

そこから山や沢を越えながら、

仙台城下へ水を運んでいたとされています。

 

四ツ谷用水を造ったのは誰ですか?

 

伊達政宗の命により、

家臣の川村孫兵衛重吉が造らせたと伝えられています。

 

四ツ谷用水はなぜ暗渠になったのですか?

 

上下水道が整備され、

生活用水としての役割が小さくなったことに加えて、

道路整備や水質の問題などから、

明治以降に暗渠化・埋め立てが進みました。

 

暮らしが便利になる一方で、

水路は少しずつ地面の下へ隠れていったんですね。

 

四ツ谷用水の跡は自由に歩けますか?

 

公道や公開されている場所は歩けます。

ただし、

水路の全区間をたどれるわけではありません。

私有地や立入禁止の場所には入らず、

公式デジタルマップの案内を確認しながら散策してくださいね♪

 

仙台駅の近くにも四ツ谷用水の跡はありますか?

 

四ツ谷用水には支流や枝流があり、

かつては仙台の市街地を広〜く巡っていました。

 

ただし、

駅周辺で水路の姿をそのまま見られる場所は限られます。

 

「初めてで、どこから歩けばいいかわからない〜!」

という方は、

まずは遺構や案内がまとまっている
八幡・北六番丁周辺から歩いてみると、

イメージしやすいですよ♪

 

へくり沢とは何ですか?

 

へくり沢は、

国見町や八幡町を通り、
広瀬川へ流れていた自然の沢です。

 

現在は暗渠化されていますが、

四ツ谷用水との立体交差や、

谷に沿った道の形を見ることで、

かつての流れを想像できます。

 

四ツ谷用水はブラタモリで紹介されましたか?

 

はい♪

仙台の地形や城下町づくりを取り上げた回で、

四ツ谷用水や、
へくり沢との立体交差が紹介されました。

 

番組をきっかけに興味を持った方は、

地図だけじゃなく、

実際の坂道や谷の地形にも注目して歩いてみてください。

 

「あ、こういうことか〜!」

って感じられると、
ますます面白くなりますよぉ(*´艸`*)

 

 

まとめ|四ツ谷用水を歩けば仙台の歴史と地形が見えてくる

 

四ツ谷用水は、

仙台城下町の暮らしを支えた、
長〜い歴史を持つ用水路です。

今では多くの区間が暗渠になり、

昔のように水面を見ることは難しくなりました。

 

それでも、

大崎八幡宮の太鼓橋。

洗い場跡。

支倉堀跡。

そして、
へくり沢との立体交差。

 

そんな場所に目を向けてみると、

仙台の街の下に、

今も水の記憶がず〜っと続いていることを感じられます。

 

最初は、

「ん〜……普通の道にしか見えない(´・ω・`)」

と思うかもしれません。

 

でもね、

古地図や公式デジタルマップを見ながら歩いていると、

道の曲がり方。

地形の高低差。

橋の名残。

 

それまで何気なく見ていたものが、

少しずつ意味を持ちはじめるんです。

これが面白いんですよぉ〜!( *´艸`)✨

 

 

仙台を訪れるとき。

あるいは、

いつもの街をお散歩するとき。

ほんの少しだけ、
足元に目を向けてみてください。

 

見えない水路をたどる散歩が、

仙台の歴史を、
もっともっと身近に感じさせてくれるはずですよ〜♪

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

 

 

 

参考資料

 

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